「おうちごはん」アプリが象徴する中国の「やってみなはれ」精神

第四回の今回は、前回の続きです。DIDIは「移動」に関するシェアエコノミーのエコシステムを作った結果、世界中で中国人の移動を支えるインフラに成長したというお話でしたが、これ以外にも起業家人材のエコシステムを作り出すことで、新しい価値を生み出しているという話です。

DIDIは2012年の設立以来、「Uber」や「快的」など様々な競合を吸収し、あるいは市場から退出させることで生き残ってきました。この中でこの業界を飛び出した起業家たちが、様々な中国らしい新しいシェアエコノミーの事業機会に挑戦しています。その中でも一番有名なのは移動領域でのベンチャー、例えばMobike、OFOといった自転車シェアリングですが、今日紹介したいのは、今弊社の社員がほぼ誰か毎日使っている回家吃饭(直訳:家に帰ってご飯を食べよう)というアプリサービスです。

これは、一言で言うと家の台所で作るご飯をおすそ分け(シェアリング)する、というサービスです。広東や四川など出身地を基本情報として、今日明日の献立を公開、食べたい人を募ってまとめて何人分か作り、テイクアウト用の食器と宅配をアプリ側がサービスとして提供して、注文先に届けるというサービスです。通常のデリバリーサービスと比べれば、時間もかかるし、決して安いわけではないのですが、僕も時々使います。お家の味という感じが嬉しいのと、塩分少なめとか油少なめ、というデリバリーサービスでは通常お願いできないこともワンクリックで頼めるところが魅力です。

このビジネスを創業したのは、唐万里というDIDIの創業者同様アリババ出身の起業家で、黎明期から参加して成長期を支えた前COOは、31歳のMaggieという元Uberの女性経営者で僕の友人です。元々投資銀行で働いていた彼女は、Uber上海に参加した後、中国発のサービスで社会にインパクトを与えたいという気持ちでこのチームに参加しました。この台所シェアサービスというのは、消費者にとっては有難いですが、配車サービス以上に困難なビジネスです。中国のメディアでは、北京市政府、上海市政府などが次々と食の営業許可証を持たない家庭での調理をビジネスにする回家吃饭およびその競合を食品安全の観点から問題ありとして禁ずる、と報道されています。また、シェアしたい台所とニーズのある場所のマッチングが難しい、などビジネスとしての維持可能性にも疑問が投げかけられており、現在Cラウンドの投資のプロセスにあるようですが、批判的な見方が一般的です。

それでも彼女と話すと、中国政府には批判的な機関もあるが、「イノベーションをしなければいけない」、「新しい取り組みで社会を前に進めたい」、というエネルギーにあふれる自治体も多く、誰かが否定しても必ず応援してくれる、新しく取り組もうと言ってくれる政府機関と投資家がいる、ととても前向きです。彼女は最近別の事情でこのベンチャーを離れましたが、また新たなベンチャーサービスに取り組む準備をしているとのことでした。

今回は、このサービスを日本でやるべき、という話ではありません。中国という国家が総体としてイノベーションとどう向き合っているかを示す例だと思います。食の安全は気になりますし、既存のレストラン業界や小売業にだって脅威になりかねない新しい産業です。その誕生に対して、これだけおおらかに事業を拡大させているというこの事例は、起業家のみならず政府にも消費する大衆側にも存在する「やってみなはれ」的起業家精神が、中国の内需成長を支えていることを象徴していると感じます。現在は「食の営業許可証を持っていない=政府が要求する衛生基準を満たしていない可能性がある」とされているサービスでも、例えば「食の安全を管理する手法」がヘルスケアとFintechのイノベーションが組み合わさることによって各家庭でも簡便に実現出来れば、禁止する理由がなくなるかもしれません。変化の早いデジタルな時代には、中国のこの「やってみなはれ」なスタイルは結果として破壊的な進化を生み出し続ける可能性が高いと感じる所以です。